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「知らない」という状況である怖さ。だから、僕は情報を取りに行く

久しぶりにブログ書きます、村田です。最近はインターン、本を読むこと、映画を観ることに時間を費やしていました。

 

今月(年)に入って本を10冊以上読むことが出来ていて、年間100冊の目標設定、上方修正しても良さそうです。あまり物事が長続きしない僕だけれど、どうも読書は3日坊主にならずに続いている。

 

振り返ってみれば、大学1年生の時からwebの記事は1日20記事以上は読んでいて、その習慣も今は続いている。NewsPicksを開かない日はない。これも飽きやすい自分としては、数少ない習慣化できていることだ。

 

感覚値になってしまうが、僕は他の大学生と比べて主体的に情報を取りに行こうとしている気がする。他の学生インターンと比較しても、彼らはあまり読書はしていなかったけれど僕はオフィスの本を借りては読み漁っていた。

 

ある意味「情報を取りに行かなければならない」という強迫観念のようなものが自分の中で存在しているのではないかと思う。なぜ、自分は情報、知識というものに常に飢えているのか一度考えてみた。

 

きっかけはデスノートだった。デスノートは全12巻のマンガだが、公式ガイドブックとして13巻が存在する。あの夜神月が生死をかけて知りたがった、孤高の天才探偵・Lの本名が記載されているガイドブックだ。

 

 

僕は「終わったマンガだし、特に新しいエピソードが収録されているわけでもないから買わなくてもいいか」と思った。しかし、結果買ってしまったのである。

 

その13巻の帯にはこう記されていた。

 

「人生は、知るか知らないか、だけだ。」

 

この煽り文を考えた人は天才だろう。人生の大事なエッセンスというのは、これに尽きると個人的には思う。僕はこの煽り文を見て13巻を衝動的に購入してしまった。「買わないと損する」。直感的にそう感じた。

 

結果、13巻を買って凄く満足したのを覚えている。大場つぐみ解説によるデスノートの裏設定、どのように仕事を進めていたかという現場の裏側を知れて凄く良かった。

 

それから、僕は知らないということをどこか恐怖に感じるようになった。知らないと損をする、知っている人とどんどん距離が離れていく気がする。夏に参加した外資系のインターンでは他の参加者は海外留学経験があって、彼らに比べると海外経験のない僕は知らないことだらけだった。世界の学生はこう考えていて、こういうビジネスが流行っているんだ・・・。なんだか日本という島国で取り残された気分を味わった。

 

一方で、知っているということは人生を豊かにするとも感じた。その豊かさは、知的好奇心が満たされる意味での豊かさでもあるし、実務的な知識を知っていれば経済的、社会的にも豊かになるかもしれない。就活なんかも情報戦で、はやくから情報を仕入れて動いていたから1次面接免除なんて優遇を実際に受けたこともある。

 

卑近な例だけれど、世界で1番の資産を持つビル・ゲイツは読書家と知られ1日30分以上は本を読むし、ワンピースの作者である尾田栄一郎も読書家として知られている。

 

読書をしている、知識のインプットの量だけで成功者になれるというわけではないが、知っていることの引き出しの多さは成功への一要因であろう。

 

ただ、悲しいことに日本人の20歳の知的好奇心はスウェーデンの65歳と同じという悲しいデータが存在する。

 

www.newsweekjapan.jp

 

これは由々しき事態だが、そんな危機的状況とも知らずに日本の若い世代は漫然と過ごしている。そんなわけで知らないということの怖さを考えてみた。